*乱読事始め*

気の向くままに視覚に入った本・インスピレーションを感じた本の感想を書いてみます。

「絶筆」で人間を読む-画家は最後に何を描いたか-中野 京子:シリーズ三部作の最後は「絶筆」 期待は裏切られることなく、あっという間に完読。

なかなか本をゆっくり本を読む時間が無く。。。というのは自分に対する言い訳。

就寝前の数分が読書タイムになってしまったこの頃。

そんな貧しい読書生活の中で、あっという間に完読してしまった一冊を記録しておきます。

 

きっかけと本書との出会い。

先日TVのプログラムで第二次世界大戦直後に世界美術会を震撼させた、「メーヘレン事件」が取り上げられて フェルメールの幻の傑作「エマオの晩餐」が実は贋作だったという事実を知り、

久しぶりに空想の世界に入りたくなり、中野京子氏の 「絶筆」で人間を読むことにしました。

 

本書は

① 怖い絵で人間を読む

② 印象派で近代を読む

に続いて 第三作目となる書。

 

前作の2冊に劣ることなく、一気に読み込みさせる 中野氏の視点を考察には脱帽しているだけに、期待できそう。

 

本書は

第一部 画家と神 -宗教・神話を描く

第二部 画家と王 -宮廷を描く

第三部 画家と民 -市民生活を描く

の三部構成。 一部を二部は比較的 別の本でも取り上げられている画家が多い中で、

第三部の画家と民 の章は新鮮に感じた。

 

特に17世紀に活躍した 諷刺画家 ウィリアム・ホーガス を取り上げたのはちょっと意外。

当時のイギリスはヨーロッパの文化後進国

音楽と美術は外国からの輸入芸術家に牽引され、大陸からの冷ややかな視線に耐えてきた。

長らく音楽と絵画の不毛地帯に甘んじ、綺羅星のごとく現れたのが

ホルバイン= イギリス絵画の父 なのである。!

 

ここまでの説明で、カウンターパンチを頂いた。

 

ウィリアム・ホーガスってどんな人。

 

本書から引用してみよう。

 

*苦労人*

ホーガスは1697年 ロンドンで生まれた。

父親はラテン語の教師だったが、子供が9人!もいたので -当時としては珍しいことではないが、

そのうち6人は十歳を待たずして死んでいる。-生活は苦しかった。

教科書を出版してもさして売れず、珈琲店をはじめとした様々な事業に手をだし、ホーガスが十一歳の時についに破産してしまう。

 

この数行を読んだだけでも、貧困の中で、糊口を舐めるような暮らしを強いられていたようである。

お父さんが経営のセンスもないのに、家族を顧みず夢を見続けた結果ということらしい。

 

ここまでは、よくあるお話。

 

その先が興味深い。

 

当時は「借金」を返済できず債務不履行に陥った者は「債務監獄」へ入れられた。

そうした監獄がロンドンだけで十以上もあり、中には本人だけでなく、家族もろとも入獄してそこで暮らすのを許された例もあった。

ホーガスの家族がどうだったかはわかっていない。

 

事実確認は出来ていないが、ホーガスの取り上げる絵の題材に

父親の生き方や風刺画家として選択する絵の題材はこの頃の体験が大いに影響しているものと思われる。

 

中野氏もはっきり書いているが、

 

彼は(ホルバイン)父親のこの不面目については生涯口を閉ざした。その代り作品中に、山っ気をだしてあれこれ手を出した末に自滅する男の姿を描いている。

 

少年 ホルバインの原体験は今後の作品に大きな影響を与え、題材の視点も培われた。

 

その後の徒弟時代は食器に紋章や装飾を浮き彫りにする単純作業に明け暮れ、(本人は多いに不満だったらしい)が、ここで得た技術や技法が 若干二十二歳で版画家として独立するのに大いに役に立っている。

この頃から 諷刺への傾倒ははっきりしており、独立の翌年の作品で南海泡沫事件を扱っている。

 

<南海泡沫事件>

いわゆるバブル崩壊・南海会社の株券が高騰後、いっきに大暴落した事件

今とあまり変わらない世の中だったんですね。

当然ですが、無一文となった人の中で自殺する者も出たのに、一部の政治家が会社と結託して逃げ切ったことで社会問題化した事件。

 

ホーガスはこの問題で 欲まみれの人々が右往左往する姿を嘲笑するように描いています。

 

そこで、生涯の描きたい題材とめぐりあったのであろうか?

 

30歳ごろから本格的に油彩画を学び、よき師を探して、サー・ソーンヒルと巡り合う。

ソーンヒルなる人もかなりユニークだ。

この時代にイギリス人画家として 初めてナイトの称号を受け、歴史画家として活躍した人物。

 

いわゆる 「成功者」だった。

 

ホーガスも抜け目がない。

 

ソーンヒルはボーガスの才能は認めたが、彼が自分の娘と恋仲になるのは許せず、

二人の仲を認めなかった。 というわけで、二人は駆け落ち⇒結婚。

 

この結婚が福を運んできたのか?

 

その後のホーガスは仕事は絶好調、作品は評判となり人気を得、生活も良くなる。

生活の安定は 仕事の結果につながっていく。

 

*自ら物語を紡ぐ*

ホーガスは当時流行していた「カンバセ―ション・ピース」

いわゆる家族の親密な集まりを描いた群像画を手掛けた。またこの分野ではかなりの成功を収めている。

 

ところが、それだけでは飽き足らず、もともと好きだった演劇を主題にし、さらにその先へ進む。

(この指摘はとても的確。)

ホーガス芸術にとってターニングポイントになったのは、売春婦を描いた物語画。

当時の民衆は文盲が当たり前の時代だったので、宗教の教えや王様の行状などは一連の絵画作品を鑑賞することで学びの場とすることが多かった。

しかしながら、他の作者とどこが違うのか?というと、

ゼロから登場人物、ストーリ、状況設定を考案し絵画を通して鑑賞者に伝える。

(演劇好きが表現にいかされることになる。)

当時、こんなことを考え付いたのは、ホーガスただ一人だったらしい。

 

この頃になって、債務者監獄に入れられた貧困の生活経験が発揮されることになる。

最初のシリーズは6枚連作「ある娼婦の傷害」(1773年)。

本書にも見開きで 第1図:娼婦にスカウト → 第2図:金持ちに囲われ → 第3図:街娼へ転落 

第4図:刑務所に入れられ →第5図:貧しさの中で死に → 第6図:葬儀で誰からも悲しんでもらえない。

とまあ。。。。。 さすがイギリス人! シニカルに悲惨な状況を面白おかしく描いていており、純粋に楽しめる。

ここで、勢いづいたホーガスは更なる上をめざし、古典 いわゆる宗教画に挑戦するも、酷評されさんざんな目にあうことになる。

普通なら、ここで「挫折」そして「荒れる」生活に陥ることになるのがセオリーだが、

ホーガスは逆にこの失敗を糧に向上心を挫くことなく、元の路線にあっさりリターン。

その後も ホーガスの得意とする持ち味を続々と発表しさらに人気を得ることとなる。

 

このあたりのポジティブ思考、メンタリティに好感が持てる。

 

その後は得意とすることにレバッジを掛けて、多いに作品を生み出すことになり、本書で紹介されている作品の題名からして、面白く鑑賞できそうな「絵で読む小説」が続く。

 

本書に紹介されているのは、

飲む打つ買うのあげく精神病院に入れられる「放蕩息子」

貧乏貴族と金持ち商人の娘が政略結婚して無残な結末を迎える「当世結婚事情」

二大政党のどっちもどっちの醜い選挙戦を活写した「選挙」など

どれも鋭い視線と視点で時世に切り込みを入れて、ウィットに及んだ毒と皮肉を込めたセンスある仕上がりに表現者としての力量と勇気に感服する。

民衆がホーガンの作品を鑑賞して厳しいご時世を笑い飛ばす姿が目に浮かぶようである。

 

ホーガンの作品は好評を得て、多いに売れた。

その反面、自作の盗用や複製版に悩むことになる。 いつの世にもコピーは存在する。

しかしながら、泣き寝入りするようなホーガンではない。

創作を生業とする自分を含めた版画家の為に正当な権利を守る法律を議会に通すべく尽力する。

のちに「ホーガン法」と呼ばれる版画著作権法が制定される。

ホーガンが38歳の時の事である。

この制定により、イギリスの版画家は 製作後14年間の著作独占権を得ることになった。

 

後世となっては バイタリティ溢れるユニークな芸術家のホーガンだが、

口さがない批評家からは、貧しい生い立ちや世俗的は版画の題材から厳しい評価も頂いている。

 

中野京子氏はこの評価にいささか異論があるようで、(ホーガンの作品に対する世論の評価が低すぎる!)

ご自身の見解もきちんと書かれている。

 

引用してみたい。 拍手喝采!

 

画中で意地悪く扱ったのは、何も上流階級ばかりではない。たとえ貧民であれ、幼い子供であれ、美女であれ、、同国人であれ外国人であれ、金貸し業であれ主婦であれ、およそ彼の攻撃から逃れえた者など唯の一人もいない。これほどまでに全方位的な辛辣さは、逆にそれだけ深く対象に関心を持っている証であり、どこまでも人間好きだったからこそと言えよう。

彼の作品は、転落や破滅の暗澹たるストーリにも関わらず、どこかしら救いの気分が漂っているのだが、批判されるのを嫌う人間にはそれは感じられなかったらしい。

 

とまあ、アカデミーの評価がいまいちなので、

長いことホーガンの油彩は偏見にさらされ、「イギリス絵画の父」と呼はれる日まで、美術的価値を全く認められず、安値で売買されていたようである。

 

それでも、ホーガンは逞しかった。

 

アカデミーからの酷評と差別にいよいよ意気消沈するのかと思いきや、

愚痴も恨みもこぼさず、自分なりの楽しみを見出して 妻と睦まじく、好物のビフテキを食べながら

(食べるのみならず、愛好会も作っていた。) 友人たちと楽しい人生を送った。

 

めでたし。 めでたし。

 

という人生を生きた 稀有な芸術家なのである。

 

読んだ後の清涼感とこの時代に商業的成功をおさめたイギリス絵画の父/ウィリアム・ホーガン。

中野京子氏の紹介がなければ、イギリス人画家に興味を抱く事も知ることもなかった。

凝り固まった知識をほぐす機会を与えられ、ホーガンとの出会いを頂いたことに感謝の言葉を送ります。